第一章
「After 3 Years」
(前編)
それは、宇宙を呪う意志だった。
それは、黒く渦巻く暴虐だった。
それは、嘆きを生み出す螺旋の中心だった。
それは、生きとし生けるものを憎む魂だった。
それは、理不尽そのものが形を取った意志だった。
それは、万物を支配せんとする驕りそのものだった。
それは、七つの首持つ巨龍だった。
かつて、アルクトスと呼ばれる星があった。
その星の人々は、みずからを律するのではなく、みずからの叡智が生み出した電子頭脳によってみずからを管理させることを選択した。
だが、そのシステムは暴走し、己を支配者と規定して、銀河に住まうあらゆる有機知性体を悪だと断定した。
惑星環境を管理するシステムにとって、有機知性体、すなわち人間そのものが、許容されざる障害物と判断されたのである。
それ故にシステムは、みずからをガルファ皇帝と名乗り、宇宙の王たらんとした。
アルクトスの人々はその災厄に恐怖し、守護神たる鋼鉄の機械GEARと、ガルファ皇帝のアンチ・システムとして作られた七つのデータウェポンでこれに立ち向かったが、戦いは敗北のうちに終わった。
だが、最後のGEARは王女ベガとともに地球へと落着し、データウェポンもまた皇帝の束縛を逃れた。
そして、十数年の時が流れ――
「北斗!」
「ああ、行くよ、銀河!」
ふたりの少年は、蒼い巨人の胸にしつらえられたコクピットで、互いに互いを励まし合った。
少年の名は、草薙北斗。
アルクトス最後の王女ベガを母に持ち、宿命の命じるままにGEAR戦士“電童”に乗り込んだ、心優しく気高い少年。その血統と立場故の苦悩を、心の中に宿す信頼の心によって乗り越えてきた。
少年の名は、出雲銀河。
愛に満ちた一般家庭に生まれ、特別な勇者の血筋でもなく、天才でもないけれど、運命に導かれてGEAR戦士“電童”に乗り込んだ少年。ただ持ち前の勇気だけで過酷な戦いをくぐり抜けてきた。
北斗は、銀河の親友で。
銀河は、北斗の親友だ。
ふたりには、それ以上の感情は必要ない。
ふたりの心はひとつになって、蒼い巨人を駆動させる。
それだけでいい。
彼らがいるのは、かつてアルクトスの王宮と呼ばれた場所、その地下である。
地下の巨大な空間こそが、ガルファ皇帝の真なる玉座であり、そのハードウェアが眠る墓所であった。
今、地球には皇帝の命を受け、“螺旋城”と呼ばれる巨大な無人要塞群が迫っている。十数分のうちにそれらは月軌道を越えて地球を射程圏に収め、惑星に存在するすべての有機物を文字通り浄化することだろう。
そうなる前にガルファ皇帝のシステムを破壊する他、少年たちにも地球人にも選択肢はなかった。
電童の身に宿るのは、伝説に印されし第七のデータウェポン、すなわちガルファ皇帝への究極のアンチ・プログラムであるフェニックスエール。
「「フェニックスエール、ファイナル・アタック!」」
ふたりの声が唱和する。
電童の背中から虹色に輝く翼が伸び、奔流と化した七色の光線が、墓所の壁面を打ち砕く。
もはや退路はどこにもない。
もはや友軍はどこにもない。
信じられるのはただふたり、心を繋ぎ合って共に電童に乗り込む互いのみ。
そして見よ!
フェニックスエールの輝きが墓所を打ち砕き、地響きとともに漆黒の龍が姿を現わす。
七つの首持つ大蛇、すべてを憎みすべてを破壊する支配者、ガルファ皇帝の本体。
その体躯たるや、人間に十倍する巨人である電童が豆粒のように見えるほどである。
(こいつが、アルクトスの人々を、そしてたくさんの星々を)
銀河と北斗は、目の前にある死そのものに戦慄し、そしてみずからの使命の重さを噛みしめた。
これまでどれだけの星々が、ガルファによって蹂躙され、生命なき岩の塊へと変えられてきたことだろう。
地球を、そして他の星を、同じ運命に導くわけにはいかない。
ガルファ皇帝の巨大な首が、咆哮とともに電童に迫る。
両脚のタービンを唸らせ、その攻撃を回避する電童。
「でけえ!」
「うん、だけど、僕たちは負けない!」
電童の持ち味は運動性と小回りだ。もとより、こんな大きな相手に臆するものではない。
「ユニコーンドリル、ファイナル・アタック!」
「レオサークル、ファイナル・アタック!」
ふたりの少年がそれぞれ最初に心を繋いだデータウェポン、一角獣と獅子がそれぞれに顕現し、その力を放つ。
本来ならば電童の全エネルギーを使い果たすファイナル・アタック。
それを同時使用することは有り得ない。
だが、フェニックスエールの供給する無限のエネルギーが、電童にその不可能を可能にさせていた。
白熱するプラズマの奔流が、ガルファ皇帝目がけて襲い掛かる。
だが。
「なにっ!?」
ガルファ皇帝の全面に、空間障壁が展開された。
時空そのものを断絶させる巨大なエネルギーの壁が、ファイナル・アタックの同時攻撃をも遮断したのだ。
「そんな!」
「やべえぞ、北斗!」
ガルファ皇帝の首の先端が紅く輝き、重力波が電童を墓所の壁に叩き付けた。データウェポンのエネルギーを防御に回すのが間に合わなければ、機体そのものが重力圧壊させられていたことだろう。
「ぐううううううっっっ!」
立ちあがろうとする電童に、ガルファ皇帝は数万度のプラズマ火焔を浴びせかける。
電童の装甲が灼け、周囲のガレキが蒸発してガスへと変わっていく。
だが、それでもだ。
それでも少年たちは、決して諦めない。
彼らが守るべきもののために、彼ら自身の未来のために。
立ちあがる。
何度でも電童は立ちあがる。
「ここで負けて、たまるかよォッ!」
「バッカ野郎ーーーーー!」
ふたりの少年の咆哮と共に、タービンが竜巻のごとくに回転し、紅蓮の炎をはじき返す。
それは希望だ。
どんな星にもある言葉、どんな魂にも最後に許された言葉。
それは生命だけが持つ、生命にだけ許されたとてもちっぽけで、とても大きな約束の言葉だ。
電童は今、すべての人々の希望だった。
ふたりの叫びに答えるように、七体のデータウェポンが顕現する。
七つの輝きはひとつになって、一本の翡翠色の剣へと変わる。
アカツキの大太刀と呼ばれる、それは力だった。
暴走し、人々を脅かすガルファ皇帝を止めるため、アルクトスの人々が最後に残した叡智の刃。希望そのものが顕現した光の剣。
それが今、電童の手の中にある。
「行こうぜ、北斗!」
「うん! 僕たちは、絶対に」
「ああ、絶対に負けるわけにはいかないんだ!」
電童に数倍するその剣を手に、ふたりの少年は走る。
「おりゃああああああああああ!」
巨大な剣を振り下ろし、空間断裂もろともに皇帝の首の一本を切り落とす。その余波で、大地すらもが真っ二つに裂けた。
これまで、色々なことがあった。
たくさん笑って、たくさん泣いた。
小学生のふたりには背負いきれないほど、大きすぎる宿命があった。
流されてきた血と涙の量に、震えることもあった。
家族にさえ話せない秘密が重たくて、眠れない夜もあった。
(でも、乗り越えて来れたのは)
(どんなに辛くてもやってこれたのは)
(銀河がいたからだ)
(北斗がいたからだ)
そうだ、ふたつの星は決して離れない。
アカツキの大太刀がひらめくたびに、一本、また一本とガルファ皇帝の首が落ちていく。
長かった。
本当に長かった。
汗も、涙も、笑いも、思い出も、すべてを飲み込んで、電童が走る。跳ぶ。
翡翠の刃が、黒い闇を切り裂いていく。
幾億の人々の涙を、終わらせるために。
果てしない未来を切り開くために。
そして。
最後の刃が、最後に残った皇帝の首を両断した。
それは、アルクトスの惑星表面で、もう一機のGEAR“凰牙”が、皇帝のバックアップシステムであり親衛隊長であったゼロを破壊したのと同時であった。
「やった……やったよ!」
「ああ……俺たち……やったんだ!」
ガルファ皇帝が崩れ去ると共に、墓所の漆黒の壁が、純白に光き輝き始める。それは、アルクトスの管理コンピュータが再起動し、レストアされたことを、すなわち、ガルファの軍勢が消滅したことを意味していた。
光の中にアカツキの大太刀が消え、フェニックスエールが消えて行く。
まるで、無限の力は人の手に余る、とでも言わんばかりに。
声が、響いた。
《我ら弱く、かつ失われやすきもの》
フェニックスエールの声だ。
《しかれど集えば何者にも屈せず。常に我らあるは星を護るため。そは命の護り。護り手よ、再び分かつことなきよう歩みて、征け、未来へ!》
それが、銀河と北斗が聞いたフェニックスエールの最後の言葉だった。
そして、未来は確かにその時、二人の手の中にあった。
そうだ。これまでもこれからも、光輝く未来の中へ――
* * *
そうして。
時は流れて。
「くそっ、北斗、どうなってる!?」
「だめだ……地盤が脆弱すぎる! 電童の重さを支えられてない!」
雨が降っていた。
目も開けていられないほどの豪雨である。
天が瀑布となって落ちてきたのではないか、というほどの雨であった。
その中で、電童は泥水にまみれ、崩れようとしている崖を支えている。電童の背後にあるのは、集落だ。
「どこのどいつが、こんなところにメガソーラーなんか建てようとしやがったんだ!」
「安全基準に問題はないってことらしいけど……」
「これのどこに問題がねえんだ、問題が!」
崖の一角から、水が溢れた。
かつての森林地帯は切り開かれ、太陽電池パネルに埋められている。地球温暖化対策の一環である。それはいい。だが、杜撰な工事は森を崩し、崖を不安定にし、豪雨に耐えられぬほど脆弱にしていた。
(三年前は――わかりやすかったよなあ――)
銀河は内心で嘆息する。
まだ小学生だったころ、電童にはじめて乗ったころ、毎週のように襲ってくるガルファの機獣と戦うのは恐ろしくはあったが、わかりやすいものだった。敵がいて、脅威があって、それをたたきのめせば問題は解決する。
今はどうだ?
今の電童は、国際的な救命組織の一員として活動するロボットだ。現代科学では対応できない災害に対して、オーバーテクノロジーをもって介入する。電童を動かせるのは銀河と北斗だけだから、中学校の授業中であっても、要請があれば飛び出していく。
そのことに異論はない。
だが、災害出動の現場に赴くたび、銀河はつい色々なことを考えてしまう。たとえばこの一年、地球全土を襲っている原因不明の異常気象がそうだ。これまでの気候変動モデルだけでは説明のつかない嵐が、人々に襲い掛かっている。
もし、それが人為的なものだとするなら、それはかつてガルファ皇帝が憎んだものと同じ、人の文明が犯した根本的な過ちなのだろうか? そしてそれは、電童の拳で解決できるようなものなのだろうか?
銀河にはわからない。
「――銀河、聞いてるの、銀河!?」
「!」
一瞬、思索に飲まれていた。
「悪ぃ、何だ!?」
「クロックマネージャーを使って立て直す!」
「! ガトリングボアだな、よっしゃ!」
銀河はギアコマンダーと呼ばれる携帯端末を取り出すと、電童にデータウェポンをドライブインストールした。電子の聖獣であるデータウェポンは、電童を通して実体化することでその力を振るう。
「頼むぜ! ガトリングボア、インストール!」
緑色のイノシシの姿をしたデータウェポンが、電童の胴体に装着される。
象徴するものは創造、その属性はすなわち光。
時を操る力を持つガトリングボアの輝きが、崩壊しようとする崖を制止させた。クロックマネージャーによる時間静止現象だ。
「このまま止まっててくれりゃあいいのにな。あるいは止まってる間に工事しちまうとかさ」
「時間停止している物質には干渉もできないから、そういうわけにもいかないよ」
「わーってるって」
注意深く、電童を後退させる。
正直なところ、足場はぬかるんでもう限界だった。ガトリングボアの起動が遅れていれば、電童は泥水に飲み込まれていたかもしれない。
「じゃ、ブルホーンだな?」
「さっすが銀河」
「ま、おまえとも長いつきあいだからな。やりたいことはわかるさ」
出雲銀河は親友と比較すると学校の成績は少し――いやだいぶ悪いほうに属するが、頭の回転が遅いわけではない。むしろ、秀才型の北斗によくついていけるだけの機転の利く少年である。
「ブルホーン、インストール!」
ガトリングボアが消え、右腕に巨大な雄牛型のデータウェポンが装着される。大地を司る知恵の象徴、ブルホーンだ。
クロックマネージャーが解除されたことで、崖はふたたび崩れ始めていた。だが、少年たちは焦らない。
「オートプレッシャー!」
ブルホーンが激しく震え、震動波を放った。強烈な震動波は崖の分子に干渉し、崩壊しかかっていた地盤を再構築していく。足下で救助作業を行なっている人々から、感嘆の吐息が漏れた。それはまるで、天地創造の奇蹟のようだった。
「うおおおおおお!」
どれだけの時間が経っただろう――いや、実際には一分ほどのことだったのだが――電童は山津波を完全に抑え込んだ。もちろん、次の豪雨が来ればまた山は荒れ狂うのだろうが、とりあえず朝までは持ちこたえられるはずだ。朝が来れば、違法なメガソーラー業者による森林伐採にも罰則が与えられ、地質に対してなにがしかの改善工事が始まるはずだ。
(そうあってほしい)
電童のコクピットの中で、銀河と北斗はしみじみとそう思った。
電力を使い果たした電童のバイザーが降りる。
回収のヘリを待って、ふたりも基地に戻ることになるだろう。明日の授業は、寝不足で出席することになりそうだ。
電童のシートに身をもたせかけ、少しだけ休む。外の風雨も、GEARの中には届かない。
「そういえば、銀河」
「あン?」
「明後日から、休暇なんだって?」
そういえばそうだった。銀河自体、すっかりと忘れていた。
「そーそー。親父の誘いでさ。連休だし。なンか、南の島らしいぜ。土産買ってくるよ」
「いいのに、気を使わなくても」
「オレが日本を離れたら、その間電童の面倒はおまえに見てもらわないといけないからさ」
電童は複座操縦において最大の力を発揮するが、ギアコマンダーに選ばれたパイロットであれば単座でも操縦できる。複座になっているのは、相互の暴走を監視するためのものであるらしい。
あれから三年――
彼らが所属していた地球防衛組織“ギア”はその性質を大きく変え、地球規模の人命救助を行なう災害対策組織となっていた。ふたりの少年は、地球人で唯一電童を動かせるというその特異な性質上、超法規的処置として嘱託のスタッフとなり、ギアの要請を受けて電童を動かす、という立場にある。
とはいえ、一年三百六十五日フルタイムで電童のために奉仕していたのでは、健全な中学生であるふたりの身が持たない。交代で休暇を取るように強く勧めたのは、北斗の母であり、ギアの司令でもあるベガの意見だった。
(ま、このままギアに永久就職するってわけでもないんだしな……)
ギアからはきちんとした報酬が親たちに支払われているということだったが、毎月の小遣い以外で銀河はそのお金を見たことはない。両親は子供が大金を持つとロクなことがないという考えだったし、銀河もまあそれに同意だった。自分が大金を手にすれば、推しグループであるC-DRIVEの推し活に注ぎ込んでしまうことは目に見えていたからだ。
だが、それとこれとは話が別で、このまま大人になっても自分が電童に乗っているのかどうか、と問われると、これはなかなかの難問だった。確かに、就職先としては国際公務員というのは安定しているし、収入もいいのかもしれないが――
(変なこと考えるようになっちゃったなあ)
そう、思った。
小学生の頃には、考えても見なかったことだ。
あの時は、戦いが終われば、すべてがハッピーになると思っていた。いや、実際にハッピーなのだ。
だが、日常は続く。
どこまでも続いていく。
中学校の試験もあれば、高校受験だってある。
そんな平凡な悩みを持てること自体が、地球を守った報酬と言えないこともなかった。