第三章
「トモダチ」
(前編)
輝刃のドリルが白銀の光を放ち、すさまじい速度で回転を始めていた。その火花はまるで、きらきらと輝く星のようだ。
「おい、何が起きてんだよ、エリス!? 輝刃がおかしいぞ!」
「どうなってるの!? こんなの、見たこともないよ!」
「契約者のあんたたちにわからないことがあたしにわかるわけないでしょ!」
そうなのだ。
輝刃を構成するレオサークルは銀河と、ユニコーンドリルは北斗と契約し、魂で結びついている。そこにはシステムエンジニアであるエリスには解明できない部分が介在しているのは確かなのだ。
「ただ……」
「ただ何、北斗!?」
ドリルはさらに回転を強めていった。
スパークがあがるたび、ラゴウの侵食が押し戻されていく。
「北斗、そのまま行っちまえ!」
「頼むよ、輝刃!」
回転が最高潮に達し、光が拡がった。
ユニコーンドリルとレオサークルの合体が解除され、レオサークルが弾き飛ばされ、コマンダーへと戻された。
「システムエラーか!?」
「違うよ、あれを見て、銀河!」
北斗の指差す先で、ユニコーンドリルが変化を始めていた。
蒼かった装甲はその大部分が白銀に輝き、その両肩からは同じく白く輝く翼が生えていた。その全身は星のように輝くプラズマの雷光に覆われ、頭部から伸びるドリルの黄金を彩っていた。
「データウェポンが自己進化を果たしている……!?」
エリスの声は、研究者らしい驚愕を孕んでいた。
「どういうこと!?」
「ユニコーンドリルが、ユニコーンドリル自身で進化を始めているの。まるで生物が新しい環境するように……プログラムがみずからを再プログラミングし、適合し、最適化していく……!」
* * *
ユニコーンドリルの光を見る銀河は、その中にあの少女の影を見ていた。
ケイトと名乗った少女の姿。
なぜ?
なぜあの娘が今ここで見えるのか?
それはわからない。
わからないまま、銀河はひとつの言葉を口にする。
* * *
「ユニコーンドリル・イルマ……」
その言葉は、銀河の喉からこぼれ落ちたものだった。
「え!?」
「わかんねえ。でもこいつはユニコーンドリル・イルマなんだ。今、頭にそう響いた」
それが頭の中で像を結んだケイトの姿とどう繋がるのか、銀河にはわからない。わからないまま、言葉にする。が、言葉にするとそれは、とても自然なことのように思えた。
「イルマ……」
北斗もなぜか、その言葉にしっくり来るものを感じているようだった。
「よし行こう、ユニコーンドリル・イルマ! イルマドライブ・インストール!」
北斗はまるで十年の旧友に呼びかけるように、ギアコマンダーに向かい、叫んだ。
電童の瞳が輝き、コマンドがユニコーンドリル・イルマへと送り込まれる。
「グオオオオオオオオオ!」
ユニコーンドリル・イルマが吼える。
その巨体が、一陣の竜巻に包まれると、みずからも螺旋を描く巨大なドリルへと進化していく。それはあたかも、白銀の雷鳴が形になったようだ。
「行くぞ!」
電童はその右腕に、高速回転するユニコーンドリル・イルマを装備した。タービンが同調して回転し、黄金色のスパークを上げる。
だが、その合体の隙を見逃すラゴウではない。
尾が伸び、電童目がけて襲い掛かる。
「来るぞ、北斗!」
「大丈夫! 今のユニコーンドリルなら!」
右腕のタービンが回転し、連動してユニコーンドリルもまた回転する。
生み出されるのは、銀色の疾風だ。
疾風はエネルギーの螺旋を産み、螺旋はラゴウの尾を包む漆黒のプラズマを飲み込んでいく。
「ラゴウのプラズマ放電を中和! 侵食の気配はないわ!」
「よし、これなら行ける!」
立て続けに北斗はコマンドを打ちこんだ。まるで、何をすべきかがわかっているかのようだった。彼自身、なぜそうしているのかはわからなかったが、身体が勝手に動くのだ。
決して不快な気分ではない。もっと深く、ユニコーンドリルと繋がっている感覚。宇宙が自分に向かって狭まり、それでいて無限に広がっていく感覚――
同じ感覚は銀河も感じていた。
ユニコーンドリルの回転を中心に、銀河と、北斗と、電童はひとつだった。だが、それだけではない。
(誰かが、オレたちを見ている……?)
それは銀河の直感だった。
(あいつか? ケイトの気配なのか?)
確かにそれは、南の島で出逢ったあの少女の気配だった。
不快なものではない。それはまるで彼を包み込み、守ってくれているように思えた。
「イルマ、リフレクションだ!」
北斗の打ちこんだコマンドが実行される。
中和されていたプラズマのエネルギーが、ユニコーンドリルの回転のままに、増幅され、反射される。
白い電撃の渦が、ラゴウを飲み込み、その装甲を引き剥がしていく。
「いまだ!」
「よっしゃ、行くぜ!」
間髪いれず、電童が両腕のタービンをフル回転させる。タービンの回転はユニコーンドリルの回転と同調し、巨大な竜巻へと変わる。
「ユニコーン烈風波!」
北斗と銀河の獅子吼とともに、ラゴウの装甲が砕けた。
「まだまだァ!」
電童の突撃は止まらない。暴風の嵐の中、タービンの回転を纏った蒼い巨人が怒りの連撃を撃ち込む。
「ユニコーン粉砕撃!」
全重量を込めた拳の一撃がラゴウの背部装甲を粉砕し、続けて打ちこまれたユニコーンのドリルが砕けた装甲の内部を思うざまに切り裂いた。
ラゴウが、まるで本物の獣のように悲鳴を上げた。
「今よ! デンチを交換するわ!」
ラゴウのエネルギーが低下しているのを確認し、エリスは素早く新しいハイパーデンドーデンチを送り込んだ。
電童の必殺技、ファイナルアタックの威力はデンチの残量に比例する。念を押しすぎて困るということはなかった。何しろ相手はあのラゴウなのだ。
「よっしゃ!」
エネルギーを回復した電童はふたたび跳躍した。
「行くぞ!」
「ユニコーンドリル・イルマ、ファイナルアタック!」
ふたりの声が唱和し、電童のタービンがフル回転する。
雷鳴を纏ったユニコーンドリルが高速回転し、その先端部がエネルギーの竜巻をまとって射出され、ラゴウの傷口へと打ちこまれた。
放出されるのは、何百万ボルトものエネルギーの奔流!
旋回する白銀の雷鳴が収まった時、後にはもう、何も残されていなかった。
* * *
「すごいな、じゃあデータウェポンはまた進化をしたんですね」
ラゴウを追って星見町に降下した吉良国は、D兵器のコクピットで安堵の表情を浮かべた。自分の手柄が取られたなどとは欠片も思わない。およそ善性の塊のような青年である。
「そうね」
吉良国に事情を説明したベガは、吉良国ほどは楽観的ではなかった。
「螺旋城はふたたび休眠状態に入ったわ。戦力が整い次第、吉良国くんたちには内部の調査に向かってもらうことになると思う」
「了解です」
吉良国は白い歯を見せてきらりと微笑んだ。
無重量空間から大気圏突入を果たしても、身体に疲労感をほとんど覚えることなく重力に適応出来るのは、アルクトスからもたらされた技術のおかげだ。一昔前の宇宙飛行士なら立つこともできなかっただろう。
「国連本部はおおわらわよ。ガルファが復活する可能性にベットしてた人間なんてほとんどいないんだから」
「でしょうね。昨日まではギアは税金のムダ使いだって動画でネットは一杯でしたよ」
世論はあっという間に沸騰していた。ギアを英雄視する人々が現われる一方で、螺旋城を放置していた各国政府への批判もまた強く、そうした人々の中には今すぐ休眠状態の螺旋城への総攻撃を行なうべきだと主張する者も多かった。
「強硬論者の中には政治家も結構いてね。当分は折衝することになりそうよ」
「いきなり僕らの戦力で螺旋城の大群に殴りかかって、勝てるとは思えませんからねえ」
それが偽らざるギアの戦力判断だった。電童とD兵器の集中投入で、もちろん螺旋城のひとつやふたつは破壊できるだろう。だが数が違う。残った螺旋城が再覚醒し、地球を総攻撃したら、地球は死の星になってしまう。戦術レベルの戦いで戦略レベルの瑕疵をひっくり返すことはできないのだ。
「頭の上に螺旋城が乗っかっているストレスに耐えられないのもわかるんだけれど」
「それはそうです。僕だっていい気持ちはしませんよ」
夜になれば螺旋城は太陽光を反射して煌めいて見えるし、昼でも気象条件がよければ確認することができる。三年の間、人々はあの時のように螺旋城が人類に牙を剥くのではないか、というストレスに耐えてきた。今回のラゴウの襲撃で、その不安が形になったのだ。
「で……その女の子、ケイトでしたっけ? どうしてるんです?」
吉良国は話題を変えた。さしあたり政治のことは彼らが話してどうなるものでもない。
「今は医療班が身体検査中よ」
ベガは少し苦笑いをした。
「自分が地球に来た時は無我夢中だったからわからなかったけれど……いざ迎える側になると大変なものね、宇宙人というのは」
* * *
そのケイトの身体検査が終わったのは、翌朝のことだった。
検査に当たっては極力彼女の人権と自由意志に注意が払われたが、そもそも中学生くらいの少女に徹夜で身体検査をすること自体が負担の大きい行為で、検査を終えたケイトはすとんと眠りについてしまっていた。
「まあケイトが協力してくれてよかったよ」
眠そうな顔でそう言ったのはエリスだった。
彼女自身も検査攻めになっており、ほとんど寝ていない。なにせ、異星から訪れた可能性がある少女と接触したのである。未知の細菌に感染している可能性は否定できず、一時はバイオハザード用の施設に収容されていたのだ。そんなわけだから、起きているのは科学者としての好奇心のたまものだった。
「でも、身体的にはオレたちと変わらないんだろ?」
検査でえらい目にあったのは、ケイトやエリス同様セルファイターに乗り込んでいた銀河も同様だった。エリスよりも元気なのは、少林寺拳法の鍛錬のたまものか、あるいは単なる時差ボケか。
「遺伝子的にも、ね。地球人およびアルクトス人との差異を認めず、だって。違うのは髪の色だけ」
「本当に宇宙人なの? 単にカナロアの人なんじゃ」
「うーん、まあそこを言われると弱いんだけど」
エリスは形のよい顎をなでた。
「でも、銀河の前に現われたシチュエーションの異常さ、崖から落ちそうになった彼を助けた不思議な力、いつの間にかセルディフェンサーに乗り込んでいたこと、そして」
「データウェポンを覚醒させたこと、だよな」
銀河がエリスの言葉を引き取った。いつになく、考え込んでいる様子だった。
「なによ、あんたがそんな顔するなんて珍しいわね」
「オレだって頭を使うことはあんだよ。ケイトと最初に会ったのはオレだしな」
「ちなみに髪を染めてたって線はなさそう。アルクトスの“染め粉”技術を含めて検出されなかったわ。そして、あの蒼い髪色はアルクトスには存在しない色だそうよ」
「そもそもケイトって、どこから来たの?」
「それが覚えてないみたい。深層心理スキャナーにもかけてみたけど、嘘をついてる様子はないわ」
エリスの側でコーヒーを飲んでいたベガが軽く首を振った。
「記憶喪失ってやつか……」
銀河も頭をひねった。
ケイトが現われた夜に、ラゴウウィルスが動き出し、データウェポンが進化した。
それが偶然だと片付けるのは、ちょっと難しい。ケイト自身の謎めいた言動もそれを裏付けている。
「カナロア政府にも問い合わせたけど、彼女に該当する国民、入国者、ともになし、よ」
「じゃあこれからケイトをどうするの?」
それまでじっと会話を聞いていた北斗が、だいぶ冷めたココアを手にそう言った。
「……当分はGEARで保護することになるでしょうね」
「保護……」
ベガの言葉は、部屋の空気を重苦しくした。
どう言いつくろっても、それはひとりの少女を閉じ込めておくことと同義であるからだ。
巨視的な視点ではそれが正義であることはわかるが、一個人として了解できるかというと、それはそうではない。少年少女たちの視点では、なおさらだった。
「それで本当にいいのかな……」
いつも思慮深い北斗の眉間のしわは深かった。
「だったらよ!」
立ちあがったのは、銀河だった。
「オレんちにホームステイさせるっての、どう?」
その言葉は、銀河の喉からごく自然にこぼれたものだった。
「え?」
「相手のこと理解するには、身体ごとぶつかっていかなきゃダメだって言うだろ? その点、オレの家ならなんかあっても隣にベガさんも北斗もいるしさ」
「身体ごとぶつかっていいかどうかはともかく……」
母親らしくベガは釘を刺した上で言葉を続けた。もっとも、その釘の意味を理解して頬を赤らめたのはエリスだけだったが。
「いいアイデアかもしれないわね」
「ほんとか!?」
「ええ。彼女が本当に異星人なら、地球を理解してもらえるにこしたことはないわ。それには、ギアの実験施設なんかより、銀河くんの家のほうがいいかもしれない――もちろん、出雲さんのご家庭に確認を取ってからだけど」
「でも母さん、それならうちでもいいんじゃ」
「うちはさすがにギアの機密に近すぎるし……それに、私がアルクトス人である以上、プレーンな地球の家庭とはいえないでしょ?」
「それはそうか。そうだね。遊びに行きたくなれば、銀河のところに行けばいいんだもんね」
「そういうこと」
「私も賛成です」
何かを考えていたらしいエリスが手を上げて発言した。
「ケイトはずっと、銀河と北斗に興味を持っていたように思います。もしかしたら、私たち地球人全体に。それなら、彼女を捕虜や実験動物のように扱わないほうがよい結果を生むのではないかと考えます――考えたくないですが、彼女が何らかの斥候や監視要員である可能性も捨てられないので」
「警戒は怠るべきではないけど、悪印象を与えるべきではない、ということだね」
「北斗の言うとおり――これはもしかしたら、ベガさんの時に続く、二回目の第三種接近遭遇かもしれないんだから」
「『未知との遭遇』だな! こないだネット配信で見たぜ」
妙に古い映画に詳しいことに定評のある銀河がマニアックな相づちを打った。この少年、時折えらく古いことを知っているのだ。
「じゃあ、まずは出雲さんに相談してみるわね。すべてはそれからよ」
* * *
幸いにも、銀河の母、みどりはふたつ返事でOKしてくれた。
「宇宙人の女の子をホームステイさせるなんて、めったにあることじゃないし、もう全然うちを使ってくれて構いませんよ」
とのことであった。
銀河の家には祖父・源太郎と父・源一が貯め込んだ大量の報道用資料を収める部屋があり、そこを空ければ女の子ひとりくらいは全然スペースが作れるということなのである。
「それに、子供がふたりも三人も同じようなもんだし。銀河も乙女も一番手がかかる時期は過ぎたから」
と、母は呵々大笑したものである。
カナロアにいる父も、隠居している祖父も反対しなかった。むしろ、これからはアルクトスと交際していく時代なのだから、そういう開放性を持っているべきだ、というのがふたりの意見だった。
七歳になる妹の乙女も、姉ができると大喜びである。
案ずるより産むが易し、という言葉の意味を、銀河は噛みしめていた。
* * *
しかし、である。
銀河はすぐに自分の考えの甘さを思い知ることになった。
異星人と同居することについての覚悟はできていた。習慣の違いもあろう。生理的反応が異なることもあろう。だが自分はアルクトスとのミックスである北斗と友情を築き得た。今度だって何も恐れることはあるまい。まあ、そう思っていたのである。
それ自体は、間違いではなかった。
だが、出雲銀河が甘く見ていたのは、異星人についてではない。
異星人と同じくらい遠くにある、“異性”についてである。
つまり彼は、自分と同じ年頃の女の子が家に来るというのは、母や妹がもうひとり増えるのと似たようなものだ、と思っていたのだ。
全然、違ったのである。
「おはよう、銀河」
「お、おはよう」
朝食の席で隣に座ると、いい匂いがするのである。
その匂いが銀河を狼狽させるのである。
アルクトスの“染め粉”で染めた黒い髪が、ふわふわと風に漂うたびに、なんだかとにかくドキドキするのである。
それは、ガルファの機獣と戦っている時には感じたことのない、あるいはエリスのような気の置けないクラスメートと過ごしている時には感じたことのないドキドキであった。いや、もしかしたらエリスも近づいてみたら同じようないい香りがするのかもしれなかったが、今の銀河にはそれを確認するような度胸はどこにもなかった。
「今日から、学校だね」
そうなのだ。
一緒に学校に通うことになっている。
ホームステイなのだから、当然といえば当然であり、そのための偽造国籍や戸籍を揃えたGEARの努力には驚くべきものがあった。
(だけど、このまま学校まで一緒になったら、どうなってしまうんだ!?)
どうもなりはしない。
ならないのだが、どうにかなってしまうのではないか、と思うのが、十四歳の少年というものなのである。
(北斗、教えてくれ! オレ、どうしたらいいんだよ!)
銀河は今、みずからが招き寄せた人生最大の危機に直面していた。