第七章

「激突! ユニコーンドリルVSレオサークル」

(前編)

太陽の光が、月と地球の輪郭を、眩い光で縁取っていく。

そして、相対する、二人の戦士を。

真空中の光は容赦がない。大気という膜がないぶん、あらゆるものを強烈に、ありのままに、一切の曖昧さを許さず、照らし出す。

白いものは真っ白に。

黒いものは真っ黒に。

電童と凰牙は、その光の中で向かい合っていた。

「北斗――」

銀河は呼びかけた。

『だめだ。君を行かせることはできない』

北斗の声には一切感情というものが乗っていなかった。

「まってくれ、オレは……」

『君の言い分は、聞かない』

銀河は一瞬、疑った。

あれに乗っているのは、北斗ではないのではないか、と。

体は北斗だったとしても、心が北斗ではなくなっているのではないか。

三年前、ガルファの卑劣な奸計により、北斗と銀河が、ちょうど凰牙と電童で相対せざるを得なくなった時のように。

いっそ、そうであってくれ、と銀河は願った。

『かかってるのは地球の六十億人の命だ。それだけじゃない。もしも本当にケイトが危険な存在なら、アルクトスの人たちも、そしてこの宇宙全体をも危険にさらすことになる』

だけど、それは北斗の声だった。

間違いなく北斗の声だった。

感情を押し潰しながら絞り出される声に、銀河はそれを確信した。確信せざるを得なかった。

「聞いてくれよ、だから、オレはそれを確かめようと」

銀河は、それでも懸命に言葉をたぐり寄せようとする。

『なら、説明してくれ。なぜ今なんだ? なぜアルクトスに行く必要がある? なぜその子を連れ出す必要がある? 僕たちに、大人たちに、みんなにちゃんとわかるように、説明してくれよ』

問われて、銀河は言葉に詰まった。

説明など、できるわけがない。

夢でデータウェポンたちがそう言っていたから、などと言って、納得してもらえるわけがない。

それがわかっているから、こうして、ひとりで行こうとした。

『――なんで』

硬く凍っていた北斗の声が、はじめて揺らいだ。

『なんで、僕に黙ってたんだ』

「北斗……」

『どうして、僕に相談してくれなかったんだ!』

「違う、オレは――」

銀河は必死で言葉を探す。

それだけは――誤解されるのは、非難されるのは覚悟の上だった。

それでも、たとえ世界中の人間から叱られ、嫌われたとしても、それでも――

『もう少しだった……もう少しだったのに……! もう少しだったかもしれないのに!』

北斗の言葉がほとばしった。

『もう少しで、大人たちを説得できたかもしれないのに!』

「…………え」

今度こそ、銀河の思考が止まった。

* * *

ケイトの隔離が決定されるのと同時に、国連は、ギアの本部である宇宙船メテオを旗艦とした宇宙艦隊を、月軌道から地球軌道へと遷移させていた。

一般には知らされていないが――この艦隊には、対地攻撃用の装備も搭載されている。その気になれば、宇宙から街ひとつ消し飛ばすくらいのことは可能だった。

それが求められる事態が、万が一にも発生すると、国連とギア上層部は判断していたのである。

そのメテオの中枢。

会議室の円卓で始まった議論はすでに六時間を超えて紛糾していた。

居並ぶのは各国ギア支部の司令官たちと、これを監督する立場の政治家たち――いずれも、大国の政治指導者たち。議題はもちろん、ケイトの処遇を巡ってのものだ。

趨勢は、最初から明らかだった。ケイトの抹殺。

誰かを生かすために誰かを犠牲にする。誰かと誰かの幸せを天秤にかけて片方を取る。政治指導者の仕事とはその決断であり、円卓に並んでいる者たちは、みずからの義務としてそれを行い続けてきたからこそ、今も、そこに座っているのである。

それでも会議が続いているのは、一人の女性が、ほとんど孤軍奮闘というべき形で必死に説得を試みていたからだった。

「彼女がラゴウを強化しているという因果は、まだ証明されていません」

ギア日本支部ベガ司令。あるいは草薙織絵。

渋谷の後任として日本のギアのトップに立った司令であり、そして北斗の母であり、そして惑星アルクトスの王家に連なる者でもあった。

「確たる証拠もないままに、ひとりの少女の人生を、命を奪うというのですか」

「私たちは科学実験をしているわけではないのだ、ベガ司令。彼女のもたらす危険性を思えば、可能性だけでも動くには十分すぎる。ケイトという少女が現れ、そしてラゴウと呼ばれる脅威が出現した。それは事実だ」

「それは――」

「それなら、僕たちも同じだったはずです!」

口籠もった母の言葉を遮るように、思わず叫んでいた。

北斗は会議の正式な参加者というわけではなかった。ケイトという少女と最も長く接したことがある人間の一人ということで呼ばれた証人のひとりに過ぎない。

「北斗!」

許可のない発言を、母が――いや彼の上官であるベガが、強く叱責した。

「続けたまえ、草薙北斗くん」

「ですが……」

「今は少しでも情報がほしい」

ベガを遮り、初老の議長が北斗を促した。

「――」

自分から口を挟んだというのに、最初に北斗の口から出たのは掠れ声だった。

怖かった。

怖くないわけがない。北斗の目の前で行われているのは、地球の命運のかかった会議であり、だからこそその参加者も、テレビの中でしかお目にかかれないはずの面々なのだから。

「順番で言うなら、母もそうです。まず母がこの星に来て、それからガルファの侵略があった。もしも地球のみなさんが母を、『原因』と見なしていたら、どうなっていたと思いますか」

「我々は電童やデータウェポンといったガルファに対抗できる術を失い、敗北していたというのだね」

「あのケイトという少女もまた同じだと?」

「何の根拠もない。君たちの時とは状況が違う、詭弁だ」

「いや、しかし、論理は通っている。少なくとも早急な結論は……」

大人たちが顔を見合わせて言う。

自分の言葉は、確かに届いている。北斗はそう思う。

「みなさんは理由があったから、確信があったから、僕の母を、別の星で生まれた人間を受け入れてくれたのですか。そうではないはずです」

「……北斗……」

自分を見やるベガ司令に、いや、母である草薙織絵に頷いて、北斗は続けた。

「地球のみなさんは母を自分たちと同じ人間だと信じてくれました。だからこそアルクトスと地球のダブルルーツである僕は生まれてくることができました」

少しだけ、空気が緩んだ気がした。

北斗は怖くなかった。ただありのままに自分の思いを語ろうと、そう思った。

「だからこそ僕は、この地球で育ち、地球でかけがえのないトモダチと出会い、ふたりで一緒に電童に乗って……」

『〈スペースラダー〉より入電! 電童、無許可射出! 繰り返します、電童が無許可で射出されました!』

出雲銀河による電童強奪の報が到着したのは、まさにその時だった。

会議は即座に中止され、緊急事態宣言が発令された。

* * *

「僕は……僕はちゃんとしゃべれたんだ!」

ほとばしる言葉が止まらなくなっていた。

「ケイトを殺しちゃだめだって! 母さんと僕たちを信じてくれたように、僕たちを信じてくれって! 地球の皆が母さんを受け入れてくれたから、僕を地球人の一人として育ててくれた――だから、だから、僕は、地球人の草薙北斗として育って、君っていうトモダチとも出会えて、だから、だから、怖かったけど、逃げ出したかったけど、地球を守りたいと思ったから電童で戦えた、だから、もう一度、地球を守るために信じてくれって、そう言うつもりだったのに!」

その言葉は、きっと届いたはずなのに。

「なのに、君は、僕を信じてくれなかった!」

パイロットスーツに着替える暇もない緊急事態だった。

緊急発進したせいで、冷却液が漏れているのかもしれない。

丸い水滴が、無重力状態のコクピットに浮かんでいるのに北斗は気付いた。

一刻の猶予もない。

可及的速やかに電童を無力化しなければならない。

通信を切った。

形ばかりの謝罪の言葉など聞きたくはなかった。

ギアコマンダーを強く握る。

凰牙に命を、命令を、戦う意思を吹き込むために。

「コマンド・インストール!!」

北斗の叫びに答えて、凰牙のバイザーが上がる。

唇を硬く引き結んだ、正義と秩序の守護者たる、騎士の顔が現われる。

厳かなる相貌は、背に太陽の光を受けて、真っ黒な影に半分染まっている。

その、真紅の瞳が見つめるその先で。

対峙する相手もまた、それに呼応するかのように、ゆっくりと、頭部を保護するバイザーを上げていった。

ゆっくり、ゆっくりと、その顔が露わになる。

太陽を背にした騎士の顔。赤い瞳。騎士GEAR“凰牙”。

地球を背にした闘士の顔。緑の瞳。GEAR戦士“電童”。

お互いの顔を真っ向に捉えて、その視線が交差する。

* * *

電童と凰牙が宇宙空間で激突した。

電童と凰牙の性能は全くの互角。

そうなれば勝敗はパイロットの実力が分ける。

「二人とも、互角だな」

そう吉良国は呟いた。

蒼と黒、二体の巨人が宇宙空間にプラズマの光を迸らせて戦う姿を、彼は〈セルディフェンサー〉のコクピットでモニタ越しに見つめていた。

彼の愛機である〈セルディフェンサー〉は、すでに宇宙船メテオのカタパルト上にある。命令一つでいつでも宇宙空間に飛び出せる、そんな状態だ。

『吉良国君、〈セルディフェンサー〉緊急発進! 他機の緊急発進は私が止めているわ、大事にならないうちに、援護に入って』

サイドスクリーンからベガ司令が告げる。

機体性能が同一であり、パイロットも互角ならば、援護の存在は決定的な意味を持つ。

だが――。

「すみません、司令、さっきから左のエンジンが妙に咳き込んでるんです、念の為、整備員に32番から67番までチェックさせてますんで15分待ってもらえます?」

『緊急事態よ、あなたの腕なら片肺だって――』

「そもそも、どっちを援護すればいいんです?」

『どっちって、決まっているでしょう――、そんなの……』

決まっているはずなのに、ベガの言葉も、途切れた。

迷っているのだ。司令も。自分と同じように。

「僕にもわからないんですよ。ここはやらせてあげませんか。あのふたりだって、そんな無茶はしないはずです。下手に割り込む方が危険です」

『ふたりは電童と凰牙に乗っているのよ、子どものケンカじゃないのよ!!』

「そうですね」

『そうですねって……』

「見てくださいよ。あれがケンカに見えますか」

吉良国は言って、促した。

メインモニタに映る光景。

電童と凰牙。

それぞれがタービンを回転させて、激しく交差する二機の軌跡は――、

――美しい円を描いていた。

* * *

コマンド。セット。インストール。

コマンド。セット。インストール。

電童のタービンが回転する。

凰牙のタービンが回転する。

コマンド。セット。インストール。

何合目だ?

北斗は自分に問うた。

十合くらいまでは数えた気がする。

まだまだやれる。もっともっとやれる。

銀河の操る電童の両腕のタービンが回る。

来る。

あれは――

『剛腕粉砕撃(ごうわんふんさいげき)!』

銀河の叫びと共に、タービンの回転力を乗せ、電童の拳が落ちてくる。

その落雷のような一撃を――。

「旋風回転拳(せんぷうかいてんけん)!」

北斗の叫びとともに、凰牙の拳が弾いた。

撃ち合ってはいない。撃ち合えばたとえ凰牙の鋼鉄の四肢と言えども一瞬で砕ける。

あくまで受け流すだけ。

円の動き。

電童の体が軌跡を変えられて回る。脚が真上に跳ね上がる。みずから上げたのだ。次に繋げる為に。アンクルタービンが回る。

『爆砕重落下(ばくさいじゅうらっか)!』

再び、真上から、今度は電童の蹴撃が降ってくる。

読まれていた。北斗が自分の一撃を受け流してくると、銀河に読まれていた。

――そして、銀河が読んでくることを、北斗もまた読んでいた。

「旋風回転脚(せんぷうかいてんきゃく)!」

今度は脚に対して脚を合わせる。

もちろん撃ち合うことはない。ただ受け流すだけ。

アンクルタービンの回転力を受けて、電童と凰牙の機体が揃って駒のように回る。

次に来る/撃つのは――当然、

「『疾風三連撃(しっぷうさんれんげき)!!』」

まるで鏡写しのような連続技を、北斗と銀河は、お互いに捌き合う。

当然だ。

鏡を相手にどうやって後れを取ることができる?

アンクルタービンが回る。真空をプラズマ推進で移動して、距離を取り、気息の乱れを整える。

北斗には銀河の動きが手に取るようにわかっていた。そして銀河もまた自分の動きが手に取るようにわかっているだろうことも、北斗はわかっていた。

まるで演武のようだ。

手加減などしていない。遊んでいるつもりもない。本気だ。お互いが本気で戦っている。だからこそ、お互いの動きがわかる。お互いの動きが同調する。

あたりまえだ。

ふたりはこうやって、ずっと一緒に戦ってきたのだから。

戦えば戦うほど、そこには――美しい調和が生まれる。

生まれてしまう。

ずっとふたり、並んで一緒に戦ってきた。

お互いの呼吸も、癖も、リズムも、好みも、全部、頭に入っている。全部体が憶えている。

その調和こそが、電童の力だ。

ずっと二人で並び合って戦ってきた。

向かい合って戦う程度のことで、それが失われるはずなどなかった。

銀河=電童が構える。

凰牙=北斗が構える。

まったく同じに。

あはっ――と、誰かが笑った気がした。

笑ったのは誰だ。

銀河だ。いや、銀河も、だ。

銀河が笑ったのだから、当然、自分も笑っているに決まっている。

そうだ、自分も笑っているのだ、と草薙北斗は思った。

自分の中にあった、何かの黒い煮凝りが、すっかり消えているのを、北斗は理解していた。

なぜ、銀河は僕に相談してくれなかった? 決まっている。僕を巻き込みたくなかったからだ――僕が銀河を巻き込みたくなかったように。

母と一緒にメテオに向かうことを、僕は銀河に相談しなかった。

銀河を巻き込みたくはなかったのだ。銀河に見せたくなかったのだ。

待っているのは大人の世界、政治の世界。

人の命を数で測って天秤にかけ、五人と一人のトロッコの行く先を選び、助けを待つ人に赤と緑と黒の色を付ける。もちろん大人たちだって、好きでそんなことをしているわけじゃない。それはわかっている。やるしかないからそれをするのだ。一人でも多く助けたいからそれをするのだ。悪人なんてどこにもいない。わかっている。それはわかっているけど――だけど、自分のトモダチにだけは、それを見せたくなかったのだ。自分だけでいいと思ったのだ。

そんなものを見るのは。

見て傷つくのは、自分と母だけでいい。

そう思った。

――僕がそう思ったなら――、銀河だってそう思っていたに決まっているのだ。

だけど。

だけど、それでも。それでも。だからこそ。

銀河を行かせるわけにはいかない。

凪いだ心を、萎えた怒りを叱咤する。

本当にこれでいいのか、と心は言う。

けれども体は覚えている。

指が勝手にダイヤルを回してコマンドを叩く。

叩けば、口が勝手に叫ぶ。

それは、決着の叫びだ。

そうやって、自分は、自分たちは、何十というガルファの侵略者に引導を渡してきた。

今、それを、北斗は銀河に向かって叫ぶ。

「ファイルロード!」

電童と凰牙。北斗と銀河。

その性能と力量は、全くの互角。

だが――両者には決定的に異なる点がある。

――操縦者の契約したデータウェポンだ。

「ユニコーンドリル・イルマ!」

北斗の声に答えて、白く輝く一角獣の槍が、凰牙の漆黒の右手に顕現する。