第四章
「文化祭の夜に」
(前編)
その日の朝食は、よく脂の乗ったアジの開きと豆腐の味噌汁、それに浅漬けだった。
「ブンカサイ?」
アジをつまみ上げたまま、ケイトはその言葉をうまく理解できない様子だった。
「えーっと、文化祭っていうのはさ」
銀河は説明しようとして言葉に詰まった。日本の学校のシステムも今ひとつ飲み込めていない彼女に、どう説明するといいのだ?
「文化祭っていうのはね」
母が説明を引き継いだ。
「学校でやるお祭りだよ。クラスのみんなでお店を出して、喫茶店やカレー屋をやるんだ。最終日には売り上げを狙う他校のバカが因縁つけてきやがるんで、あたしなんかは毎年そいつらを片っ端から河に投げ込んで……」
「ちょ、ちょっと、母ちゃん?」
「ん?」
「それは高校の文化祭だよ! そこまで中学じゃやんないよ! そして後半があきらかにおかしいだろ! いったいいつの話なんだよ!」
「いつって、母ちゃんの高校の頃の話で……毎年いるだろ、廊下をバイクで爆走するバカが。そいつにチェーンをひっかけて……」
「やらねえ! いねえ! 星見町はもちっと平和だ! ったく……」
銀河の母は名の知れたスケバンだった。正確に言えば広島最強と呼ばれたレディース、『暗怒露女蛇』の第15代総長である。その結果、価値観がいささか世間からずれていることがある。弱い者いじめを決して許さぬ強い母を銀河は尊敬していたが、それはそれ、これはこれだ。
「まあ要するにお祭りだよ、お祭り。ガッコのお祭り」
「ふーん」
ケイトは少し考えて、一口アジを食べ、もう少し考えた。
「要するに、楽しいこと?」
「そうそう、そういうこと。みんなでいろいろ準備して、お客さんがたくさん来るんだ」
「わかった」
ケイトはにっこりと微笑んだ。銀河の頬が、少し赤くなる。
「銀河と楽しいこと、大好きだよ」
「お、おう」
その後、銀河はうまく言葉をつなぐことができなかった。
言葉がつながらないぶん、丼飯を三杯も食べた。
* * *
「アイドルっていうけどさ。結局それが歴史上どういう位置にあるかについて語らないと意味がないと思うわけ、小生は」
星見中学校アイドル研部長、金本雄生は饒舌な男だった。
「歴史上の立ち位置?」
「つまりだな。日本において女性の芸能というのは公的に禁じられたものだったわけだ。芸能は長らく男性のものであり、女子のそれはいかがわしく、下等なものだと見なされてきた。しかし、明治10年に寄席取締規則が定められ、女性の芸人が法的に認められるようになると、女義太夫節が誕生する。すでにこの段階で現在の推し活やオタ芸、厄介に相当するものはほとんど存在しており、なかったのはペンライトだけだと言ってしまってもいいくらいだ」
「はぁ」
金本と対照的に、もうひとりの小太りの部員、棚橋一郎は実にのんびりした男だった。のべつまくなしに口にポテトチップスを運びながら、部長の長口上を聞いている。
「要するに何が言いたいんだよ、部長」
銀河は棚橋ほど悠長ではなかった……というより、ほとんど部長の言っていることがわからなかった。
「つまりだな、出雲」
金本はわかりの悪い生徒に対して教師がそうするように、ゆっくりとかぶりを振って続けた。いや、まだ続ける気があるようだった。
「文化祭でC-DRiVEの展示をやりたい、というおまえの熱意はわかった。だが、そこに何らかの意義がないとだな、学校当局は納得させられんだろう、と小生は言ってるわけなんだよ」
「い、意義?」
銀河は生まれてこの方、アイドルを推すという行為の意義などは考えたことがなかった。ただペンライトを振り、CDを買い、握手会に並んできた。
アイドル研に入ったのも、時間の自由が利きやすく――何しろ電童で戦う都合上、そうそう忙しい部活には入れない――ついでにいえばこの学校に少林寺拳法部がなかったからだ。まあ、体を動かすことは好きなので何かあると野球部やらサッカー部やら陸上部やらの助っ人に駆り出されてはいるのだが。
ともあれ。
アイドル研の部活動と言っても、他の部員ふたりと部室でアイドルについて果てしなくダベり、たまにライブに出かけるくらいのものである。そこに、意義?
「いや、意義なんてモンがないからオレたちはドルオタやってんじゃないの、部長」
それは銀河の偽らざる本音であった。
「楽しいからアイドルの推しやってるわけでさ。そこに意味なんかないんだ」
それは要するに面倒なことはやりたくない、という意志表明でもあったが、銀河にとって譲るべからざることであるのも事実だった。そこになんか意味のようなものを求め始めたらそれはそれで不純であるように感じられるのだ。
「そこだよ!」
だが、その言葉こそが金本部長を刺激したようだった。椅子から飛び上がると、銀河の肩を掴んでがっくんがっくん前後に揺さぶる。
「意義のない行為、まったくの無益な行為に青春を浪費する、しかしそこにこそ逆説的な意義が存在するとは思わんかね!!」
「あのさぁ、部長」
「単にC-DRiVEの月並みな展示をやるのではなく! 彼女たちの活動をずっと見てきた出雲銀河個人の視点をだな、歴史上のそれに位置づけることに意味があるんだよ! つまり!」
部長は眼鏡越しに銀河の瞳を覗き込んだ。
「ハンパはするなってことだ」
* * *
金本部長にうまく乗せられたのだ、と気づいたのは、それから五時間ほどしてからのことだった。
「冷静に考えたら、これじゃほとんどオレが書くんじゃねえか、展示……」
多くの中学生がそうであるように、銀河もまとまった文章などは作文くらいしかやったことがない。
家に帰って、自室の学習用タブレットで文章をまとめ始めると、自分の気持ちや知っていることを形にするというのはこんなに面倒なものなのか、と痛感させられたのだ。
といって、AIにまとめさせるのも何か違う気がする。
自分の気持ちは自分の気持ちであって、誰かに代弁させたものは、やはり別のものだ、と思うのだ。
だから、キーボードと格闘する。
三人組のグループアイドルであるC-DRiVEに銀河がハマったのは、ちょうど電童に乗るようになる少し前のことだ。
彼女たちはちょっと銀河より年上のお姉さんで、少しだけ背伸びした憧れの対象だった。
それから、北斗が隣の家に引っ越してきて、宇宙から侵略者が押し寄せてきて、星見町に密かに結成されていた防衛組織にスカウトされて。
そんなドラマみたいな毎日の中で、C-DRiVEはいつも銀河のすぐそばにいてくれた。
漫画やアニメの中のように、彼女たちの歌が、電童をパワーアップさせてくれたとか、そんなことはない。
ただ、C-DRiVEがいてくれることが、銀河にとって心の支えだった、ということだ。
宇宙の真空の中で、見知らぬ惑星の果てで、電童のコクピットの中戦い続けることができたのは、守るべきものがあったればこそで、銀河にとってはそれが家族であり、友達であり、C-DRiVEだったのだ。
彼女たちの歌こそが、日常の象徴だったと言ってもいい。
そうでなければ、逃げ出していたって、おかしくはなかったのだ。
(そうだよな)
そういうことを考えて、まとめていくと、部長の言っていることも少しは理解できる気がした。
無意味で、ただ楽しくて、だからこそあの時の自分にはC-DRiVEが存在している意味があったのだ。
アイドルとは、そういうものであるのかもしれない。
なんとなく、わかってきた。
ドアをノックする音がした。
「はーい」
キーボードを叩く手を止めて、振り向く。ヘッドホンも、外す。
「入ってくれー」
もとより鍵などかかっていない。
が、入って来たのが、母でも妹でもなく、ケイトだったことには、驚いた。
「銀河、頑張ってるね」
「お、オウ。ガンバッテオリマス」
あきらかに変な敬語になり、語尾もうわずった。
(見られたら困るようなモン、表に出てねえよな?)
銀河も思春期の少年であるから、家族に見られたくないようなもの見せてはならないものはもちろん持っているし、そういうものを隠して日常生活を送るくらいのデリカシーはある。幸いと部屋の整理整頓は得意なほうだ。
すさまじい速度、もしかしたら電童で戦闘機動をしている時ほどの速度で部屋を確認する。
問題なし。
C-DRiVEのポスターくらいは、おそらく許容範囲だろう。
「お母さんが、コーヒーいれてくれたよ」
「あんがと」
すぐ側に来たケイトが、コーヒーのカップを邪魔にならぬ位置に置いてくれる。
よい香りが鼻孔をくすぐった。
それはコーヒーのものだけだっただろうか?
「ネ」
ケイトの瞳が謎めいた色で、タブレットの画面を覗き込んでいた。
「ん?」
「これ、C-DRiVE? 銀河が好きなんだよね」
「好きっつうか……まあ……推しっつうか……箱推しっちゃ箱推しなんだけど、やっぱりオレはユキ推しで……」
何を言っているのだ。
自分でもよくわからなかった。
北斗やエリスやアイドル研の面々にはいくらでも饒舌に話せることが、なかなか話せない。
何が違うのだろう?
彼女が空から落ちてきたから?
たぶん、違う。
「どんな歌なの?」
「エ?」
「C-DRiVE」
「アア……ちょっと聴いてみる? これ、新曲。『MoonLight Squall』」
耳当てのあたりをウェットティッシュで拭いてから、銀河はヘッドホンを差し出した。さすがに夜中である。妹がもう寝ているのに、スピーカーで共有というわけにはいかない。
「ありがと」
ケイトはためらいなくヘッドホンをつけた。
「銀河のこと、銀河が好きなもののこと、もっと知りたいんだ」
「お、オウ、ありがと」
なんだか、うれしかった。
うれしくて、再生ボタンを押すのが、ちょっと遅れたほどだ。
曲が流れ出す。
アップテンポの、ノリのいい歌で、銀河はだいぶ気に入っている。
ケイトはどうだろう?
いいものはいい、と胸を張りたいところだが、自分が好きなものであればあるほど、それが他人にも――あるいは家族にも気に入ってもらえるかどうかはカケで、不安なものだ。
けれど、ケイトはすぐに楽しそうにリズムに合わせて体を振り始めて、ノッているのがわかった。
「うん」
ややあって、ケイトはヘッドホンを外して、白い歯を見せて笑った。
「素敵だね」
「そ、そう思う!? 良かった……」
「銀河が好きなの、わかったよ。すっごく楽しいね」
「だよな!」
「心が、わくわくする」
ケイトはお世辞を言うような子ではない。
心からの言葉なのは疑いようもない。それが、いい。
「そうなんだよ! C-DRiVEの歌ってさ、どんな時でも心がすごく熱くなるんだ」
「わかるよ。それって、すごく大事なことだよね」
「大事なこと……か」
「そうだよ。だって、それがなかったら、人は生きていけないでしょう?」
「!」
その言葉は、すとん、と銀河の腑に落ちた。
楽しいこと。無意味なこと。けれど、それが人を生かしていくものでもある。そのふたつは矛盾しているようで、矛盾しない。
「ありがとう、ケイト。なんだか書ける気がしてきたぜ」
「わたし、役に立った?」
「ああ」
手近にあったバンダナをハチマキがわりにして、銀河はふたたびレポートにとりかかった。
徹夜するつもりだった。
* * *
結論から言えば、銀河の徹夜仕事は(そしてその後授業中爆睡して怒られたことは)、まあまあの結果を生んだ。
残念ながらあらゆる来場者の絶賛を浴びる、とは行かなかったが、アイドル研の部員たちには感銘を呼んだし、少なからぬ生徒と保護者――その中には結構意外な顔ぶれもいて、彼らもまたC-DRiVE推しであった――から激励の言葉を浴びたものである。
また、高評価を与えてくれたのはドルオタたちばかりではなく、文芸部の顧問を務める国語の老教師などは、「文章は基礎から叩き直したほうがいいが、情熱は伝わってくる」として、肩を叩いて激励してくれたものだ。
それは、銀河を上機嫌にした。
「そうだよな」
少年は少し胸をそびやかした。
「オレだって、電童に乗っていなくたって、褒められること、あるんだ」
「そりゃあそうでしょ。銀河の価値が電童だけなんてこと、あるもんですか」
今さら分かったのか、とエリスは苦笑いをした。
「そうだよ。それじゃ僕たち、さびしすぎるじゃない」
北斗も同意してくれた。
「あたしたち、もう電童だけのつきあいじゃないでしょ?」
「そりゃあ、そうだ」
改めて言われると、なんだか照れくさいが、そうなのだ。
ガルファが攻めてきたこと、電童に乗ったことはあくまできっかけだ。北斗と、エリスと、そしてケイトと友達なのは、それだけのことではない。
「あんまり顔出せなかったけど、クラスのほうはどうなんだよ?」
「おかげさまで大盛況よ」
エリスはにっこりと微笑んだ。
クラスの出し物のほうは、チャリティ・バザーということになった。
この間のラゴウの攻撃で星見町は無傷とは行かなかったし、三年前のガルファとの戦いで被害を受けた人たちもまだいる。
そういう人たちのために、持ち寄った手作りの商品でバザーをやろう、ということになったのだ。
「ケイトが頑張ってくれたのよ」
「ケイトが?」
「あなた、同居してるのに聞いてなかったの?」
「部屋でなんかやってるのは気づいてたけどよ。いちいち中なんか覗かないから……」
「そっか」
なぜかエリスは嬉しそうに微笑んだ。なぜなのかはよくわからない。
「キルト、手伝ったの」
誇らしげに、ケイトはキルトの鍋つかみを取り出して見せた。
「これはね、ママさんにプレゼントするやつ。同じのを作って売ったのよ」
「私が教えたの。アメリカの伝統的なキルトよ。元は、スコットランドから伝わったの」
「おまえ、コンピュータと魚以外も扱えたんだな」
「私をなんだと思ってるのよ」
エリスは余裕の表情で肩をそびやかせた。
「キルトだけじゃないよ。クラスのみんなで色々持ち寄って売ったんだ。僕は壊れたおもちゃを修理して並べたんだけど、好評だったよ」
「悪いな、オレはなんか物を出すだけでさ」
もちろん銀河だって、何も聞いていなかったわけではない。母と妹、それに祖父の協力を得て、家庭内の骨董品をいろいろとバザーに提供したものである。
「あれはあれで好評だったわよ。ありがとう」
「そりゃ良かった」
「募金箱にもたくさんお金をいれてもらえたんだよ」
ケイトはにこにこと笑っていた。
銀河も嬉しい。
人の善意というものを見せられたのなら、それに越したことはないからだ。
三年前の戦いでも、電童は幾度も星見町の人々の無償の善意によって救われ、戦い抜いてきた。この世界に守る価値があると思えるから、命を賭けて戦えるのだ。
「ね、そろそろキャンプファイアーじゃない?」
そう言ったのは、北斗だった。
「あ、もうそんな時間か?」
文化祭の締めくくりに校庭でキャンプファイアーをやるのは星見中学校の伝統らしい。まあ、伝統というほど古い学校でもないのだが、そういう形式は大事だ、ということだった。
「きゃんぷふぁいあ?」
「校庭で大きな焚き火をやって、みんなでフォークダンスを踊るんだ」
意味がわからないらしいケイトに、北斗が簡潔な説明をした。
「すてき! 行きたい!」
「よっしゃ、行くか! ケイト、オレがダンス、教えてやるよ」
「えっ、銀河、ダンスなんかできるの!?」
「ばーか、あんなの少林寺の型稽古みたいもんだよ。要はリズムだからな。まかしとけ」
こう見えても銀河少年、C-DRiVEのダンスのフリは密かに練習して全部覚えているのだった。
* * *
フォークダンスは盛況だった。
もうすでに日はとっぷりと暮れており、星空の下で少年少女たちが踊るのは(もちろん教師たちの監督下ではあるが)楽しいものだった。
エリスは男女のクラスメートたちから次々とダンスの相手を求められ、サービス精神からそれに答えたものだから、思ったよりへとへとになって、校庭の端の芝生に座ってミネラルウォーターを飲んでいた。高揚感と疲労感が彼女の全身を満たす。どちらも心地のよいものだった。
「ふぅ」
視界の向こうでは、北斗と踊り終えたケイトが銀河と踊っているのが見える。銀河の運動神経はさすがで、はじめて踊るフォークダンスであってもリズム感と躍動感に満ちていた。北斗は北斗で、丁寧な踊りなのだが、ちょっと丁寧すぎるきらいがあるかもしれない。
「良かった。ケイト、楽しそうじゃない」
外国人の多い星見町ではあるが、エリスはそれなりに自分が小学校時代にクラスに溶け込むのに苦労したのを覚えている。
だから、どこから来たとも知れぬケイトが学校になじめるよう、水面下で色々と手を回していた。チャリティ・バザーという形にして、積極的にケイトを関与させる形にしたのも、エリスの案である。
余計なお世話の類だったかもしれないが、うまく行っているのなら、そこは素直に満足することにしたい。
実のところ。
エリスが星見町に留まっていたのは、電童とデータウェポンを監視するためである。
だから、ガルファ戦役が終わった今、エリスがここにいる意味は、ないといえばない。アメリカに帰り、大学院に入ってはどうか、という話もあるし、ギアや企業の研究室に進んではどうか、というオファーもある。
いわゆる“ギフテッド”であるエリスに、平凡な子供時代、という選択肢はない。将来は約束されているとも言えるし、青春時代は失われている、という見方もある。エリス自身は、エリス自身のことなのでなんともいえないままでいる。
もしかしたら、アメリカに戻って今から研究に励む方が、十年、二十年先の自分にとってはずっと有益なのではないか、と考えることもある。
けれど、その選択をしたことで、自分が十年、二十年した後に、子供時代を謳歌できなかったことに苦しむのではないか、という恐怖だってある。何より、今の生活は、楽しい。
「ね」
エリスの隣に、小森初音が座った。英語に堪能な帰国子女で、中学に上がってから親しくなった子だ。
「結局エリスはさ、どっちなの?」
「どっちって」
「銀河と北斗」
初音のいたずらっぽい瞳が、キャンプファイアーの照り返しを受けてエリスを覗き込んでいた。
「!」
まあ、そういう質問は出て当然である。
小学生の頃ならともかく、中学生ともなれば、ステディな関係になっている男女は周囲にいるわけで。銀河と北斗のような目立つふたりと、普段から仲良く――まあ半分は電童絡みだとしても、残り半分は違う――やっているのはクラスの誰もが知っていることだ。
そういう相手としてあのふたりを見たことはない、と思う。
いや、そもそもそういう関係というのがどういうものなのか、エリスはまだ知らないのだ。ギフテッドだって、知らないことはある。
(どっちなんだろう?)
頭の中で言葉にしてみると、とても現実味があるようなフレーズにはならなかった。
銀河と北斗のどちらかとそういう関係になる、というのもそうだし、もし、もし仮に、そうなってしまえば、残るひとりとはどう付き合えばいいのだろう。
変数が多すぎて、数式が頭の中で形を結ばない。
「じゃ、あたし、金田くんと踊ってくるから」
「え、あの部長と!?」
「結構ステキよ、彼」
浮世離れしたアイドル研の部長も、意外ともてる側面があるようだった。初音の手を引いて、キャンプファイアーの輪の中に消えて行く。まったく、どちらが噂の対象なのかわからない。
小さく伸びをすると、入れ替わりに銀河と北斗、それにケイトが駆け寄ってきた。
「楽しかったよ! ね、銀河、北斗!」
ケイトは汗を飛び散らせて、快活に笑って見せた。
「ああ!」
「結構、普段使わない筋肉を使うね、これ」
「だろ? やっぱり動かないとよ。筋肉を喜ばせてやんなきゃさ」
「楽しいね」
エリスも笑った。
そこには打算も欲もなくて、ただただ、好意だけがあった。
「オレたちさ」
銀河が、空を見上げていった。
「こんな風にみんなで大人になれたら、いいよな」
いつになく大人っぽい横顔だった。
「そうだね」
北斗も思慮深げにうなずいた。
「本当にそう思うよ」
――そうでないことを、エリスは知っている。
いつか、高校に進学して、大学に進学して、就職して、どこかで道は必ず分かれる。たとえ皆が電童に関わり続けるとしても、どこかできっと。
けれど、この時間がずっと続けばいい。
そう思ったのは、本当のことで、それはきっと、大人になって思い出しても、やっぱり本当の気持ちであるはずなのだ。
(もし、どっちかを選ぶとしても――もし、もしもだけど――それはもう少し、先がいいな――)
そんなことを思って、エリスは頬を赤らめた。
だいたい、そんな選択権が自分にあるのかだって、わからないのだ。
キャンプファイアーの熱に浮かされて、考えが暴走しているということなのかもしれない。
それとも――
エリスが自分の思考の深奥に入り込もうとしたその時。
「!」
三人のポケットの中で、ギアから支給された携帯端末が震えた。
「これって」
「緊急警報だ!」
周囲のクラスメートたちに聞こえないように、四人はささやきかわした。電童の出動を要請するシグナルだ。
「行こう、銀河!」
「もちろんだぜ!」
銀河と北斗が走り出す。もちろん、エリスとケイトも一緒だ。
祝祭の雰囲気は、頭から消し飛んでいた。
今は四人の時間、戦いの時間なのだ。