第四章
「文化祭の夜に」
(後編)
* * *
中国大陸のギア支局が、大気圏に突入して星見町を目指すコースを取った飛翔体をキャッチしたのは、二十数分前のことだった。
飛翔体から発された微弱な電磁波は、ガルファのそれに類似していたから、敵対する機械生命体である可能性は高いと考えられたし、事実、地上からの応答を求める通信にも反応はなく、諸外国の宇宙船にも該当するものはないということだった。
地上と衛星軌道の防衛施設からは、市街地に入る前に落とそうとレーザーの嵐が放たれたが、残念なことにそれらの光条はすべて飛翔体の周囲に展開された電磁場によって弾き散らされ、降下してくるそれが敵対存在であることを裏付けるに留まった。
「防衛隊の戦闘機、百里と小松からスクランブル!」
「了解! けど、会敵は認めないで! 相手がガルファなら、取り込まれて敵の戦力を増やすだけよ。あくまで警戒に留めるよう、防衛隊司令部に要請!」
ギアの司令室で、ベガは――あるいはベガの仮面をかぶった草薙織絵は――矢継ぎ早に指示を出していた。
「螺旋城に動きは!?」
「ありません! 通信を交わしている形跡もなく、スタンドアローンな動きだと考えられます!」
「螺旋城とは独立した指揮系統のガルファがまだ存在するというの? それとも――」
ベガは形の良い唇を噛んだ。判断を下すには、情報が不足しすぎていた。今は、目の前に起きている事象に、前線指揮官として反応する他はない。その後のことは、その後のことだ。今は子供たちを無事に家に帰すこと、そしてたくさんの子供たちの帰る家を守ることが、ベガの仕事なのだ。
* * *
「ケイトをセルディフェンサーで同行させる!?」
吉良国の言葉に、北斗は驚愕した。
「そんな、ムチャですよ! なんでケイトを」
「私の案よ」
そう言ったのはエリスだった。今はもう、文化祭の浮ついた雰囲気ではない。そこにいたのは、ギアの技術参謀としてのエリスだ。
「ケイトがデータウェポンに干渉してパワーアップしたのは、銀河も北斗も見ているでしょ? そして、パワーアップしたユニコーンドリル・イルマの力は未知数なのよ」
「でも」
「ケイトが電童にアプローチすることで、新しいデータウェポンが安定する可能性は高い。これはただの仮説じゃない。メテオも同意しているのよ」
「まー、確かにケイトの力でパワーアップしたっぽいのは事実だよな」
「銀河!?」
「北斗だって感じただろ? あの時、ケイトがオレたちに触ってくれた感じがしてさ、それでデータウェポンが新しい形に変わったんだ。だったら、ケイトとユニコーンドリルには関わりがあるって考えたほうがいいんじゃないか? 北斗とユニコーンのつながりと同じにさ」
「それは……そうだけど」
北斗はまだ納得していない様子だった。
「北斗は……私が行くのは、いや?」
ケイトが北斗の顔を覗き込んだ。
「ち、違うよ! そうじゃなくて、なるべく君を巻き込みたくないんだ。君だけじゃなくて……大切な人を」
「気持ちはわかる」
ぽん、と吉良国が北斗の頭を撫でた。
「戦闘空域にはなるべく入らない。パイロットは俺がやる。そういうことで、納得してくれ」
「わかりました。ケイトを守ってあげてください」
「あら」
少しわざとらしく唇を突き出して、エリスが吉良国の後ろから顔を出した。
「私もいるのよ」
「エリスも!?」
「ガルファの電磁干渉の中で計測をするには、最前線でモニタリングするのが一番なんだから」
「マジかよ」
銀河も天を仰いだ。
「まあでも、エリスがついてこようと来なかろうと、やることは同じか」
「そうだね」
「なによ」
エリスは何故か不服そうだった。
「三人でも四人でも同じだっていうの?」
「そりゃそうだ」
「何人いようと守ってやるぜ。そうだろ、北斗?」
「そういうこと」
「もう!」
男の子たちは、単純なのだった。
* * *
ブースターで打ち上げられた電童のセンサーから、流星が見えた。
大気圏に突入してきた飛翔体だ。
「あれだ!」
「相対速度の計算は僕がやる! 銀河は、コントロールを!」
「おうよ!」
ブースターを切り離し、電童が飛翔体に迫る。
逆噴射のGが、背骨を軋ませる。
「うおおおおおお!」
赤く燃える流星を、鋼の巨人が掴む。
飛翔体のサイズは少し大きい程度だ。質量もそれに比して大きいが、電童のトルクはそれを上回る。
「エリス! 軌道計算、送ってくれ!」
「位置座標もだよ!」
『データ、今送った!』
「いよっしゃああああああああああ!」
「いけええええええええ!」
電童の背部スラスターが全開になり、抑え込んだ飛翔体の落下軌道を変えていく。
「市街地(まち)に落とすわけには……いかねえんだ!」
どれだけ建物の再建が技術の向上で容易になっても、失われたものが戻ってくるわけではない。特に、人命は。
赤く燃えさかる飛翔体を抑え込んだまま、電童が雲を切り裂いて落下していく。
外から見れば飛んでいるように見えるかもしれないが、内部のパイロットにとっては落下しているのと同じだ。どれだけ電童のショック・アブソーバーが高性能でも、本当のところは、怖い。
それでもやれるのは、側に親友がいてくれるから。
そして、支えてくれる仲間たちがいるからだ。
「どっせえええええええええええい!」
少林寺拳法、五花拳・片手投の要領で、電童は飛翔体を造成地の崖に叩き付けた。
* * *
噴煙が上がり、予想通り飛翔体が立ちあがった。
表面を覆っていた耐熱タイルらしきものが剥離していき、内部から姿を現したのは、巨大な白銀の三頭犬。
『間違いないわ、ラゴウよ! 前回と同一タイプ!』
「冗談かよ! まだいやがったのか!」
「ラゴウはウィルスだからね。どこかに潜伏していて、自己増殖しているのかもしれない。ウィルスなら、バックアップからコピーできるはずだ」
北斗の言葉を聞いて、銀河は自分の喉が渇くのを感じた。
「言ってみればこの地球は、ウィルスに取り付かれたハードディスクみたいなもんか」
「そうだね。僕らに出来るのは駆除することだけだ」
『それだけじゃないわ』
モニターの中で、エリスが軽く笑った。
『私はエンジニアよ。ウィルスなら構造を解析して、対応することができる。今はデータを集めて。必ず対応策を見つけてみせる』
「心強いよ」
「ああ」
本心だった。
対応策がないと言われたら、逃げ出したくなってしまう。
「訂正するぜ、エリス」
『何を?』
「三人でも四人でも同じなんてことはねえな」
「うん。三人のほうがふたりよりいい。そして、四人のほうが三人よりいい」
あは、と画面の中でエリスとケイトが微笑んだ。
『おい、ちょっと待ってくれよ』
割って入ったのは、吉良国だ。
『五人じゃないのか?』
「悪いな、これは中学生だけのクラブなんだ」
『ああくそっ……若いっていいよな!』
「だろ?」
「よし、行こう!」
「ああ、文化祭を台無しにしてくれた礼は、させてもらわなくっちゃな!」
銀河と北斗の意志そのままに、タービンを唸らせて電童が走る。
ラゴウの放ったミサイルを、あるいは回避し、あるいはドリルで打ち払い、距離を詰めていく。
その有様は、まるで蒼い稲妻。
「旋風回転脚!」
機体を跳ね上げ、回し蹴りを撃ち込む。
ラゴウの装甲が砕けた。
「行けるよ、銀河!」
「ああ、一気に叩き込もうぜ!」
ふたりの意志は、ひとつ。
矢となって突き刺さる。
「「ユニコーンドリル・イルマ、ファイナルアタック!」」
巨大なドリルが雷鳴を纏い、ラゴウの装甲を引き剥がしていく。轟音が耳を叩いた。火花が上がり、プラズマを噴出させる。
「よしっ!」
「このまま――!」
『待って、下がって!』
制止したのは、エリスだった。
「!」
その意図は分からぬながらも、電童は飛びすさった。
オペレーターの判断を信じる。
それが第一義だ。
そうでなければ背中を預ける意味がない。
ラゴウが弾けた。
ファイナルアタックを続けていたら、その爆発に巻き込まれていたことだろう。
ラゴウの表皮、ファイナルアタックで砕かれた銀色の装甲板の下から、何かが現われる。
「黒い……」
「ラゴウ…………!?」
そう、それは漆黒のラゴウだった。
つるりとした黒曜石のような装甲はなめらかで、一切の傷を負っていない。ユニコーンドリル・イルマのファイナルアタック、電童の全出力を浴びたはずなのに、だ。
「くそ、どうなってんだよ、エリス!」
『ファイナルアタックのエネルギーの90パーセント以上が、外部装甲の剥離とともに失われたと考えられるわ!』
エリスの声は、絶望的だった。
「もっとわかりやすく言ってくれ!」
『あいつは脱皮したのよ! 銀から黒に! その時に、ダメージをはねのけてしまったの!』
「なんちゅうインチキ!」
銀河は天を仰いだ。
「こっちの能力を学習して進化しているんだ……コンピュータ・ウィルスが環境に適応するみたいに」
「北斗ォ、感心してる場合じゃないだろ!」
「考えてるんだよ!」
『とにかく、デンドーデンチ、射出するぞ! 受け取ってくれ!』
吉良国の反応は早く、現実的だった。
電童に肉薄し、セルディフェンサーに装備されたデンドーデンチを射出する。電力切れを起こした古いデンチが排出され、電童の背部に新しいデンチが吸い込まれていく。
「よし!」
電童の全身にふたたびエネルギーがみなぎる。
現在のところ、ファイナルアタックを使えばエネルギー切れを起こすという電童の欠点を解決する方法は、大量のデンチそのものを輸送する支援戦闘機を飛ばす、という方法でしか解決されていない。かつてのガルファ皇帝との戦いではフェニックスエールが力を貸してくれ、無限のエネルギーを使うことができたが、今はそうではないのだ。
「どっちにしても、街に行かせたらおしまいなんだ! ここで、叩く!」
タービンを唸らせ、電童が奔る。
ユニコーンドリルの一閃が、黒い装甲を削り取っていく。
「このままブチ抜いて……!」
「! ダメだ!」
北斗は素早く電童を後退させた。
「なにっ!?」
次の瞬間、電童がいた位置を、ラゴウの巨大な爪がえぐっていた。そのままドリル攻撃を続けていたら、電童は真っ二つにされていただろう。
「どうなってんだ!?」
「見て、あれを!」
「!」
北斗の指し示す先、すなわちユニコーンドリルにえぐられたラゴウの黒い装甲が、すさまじい速度で再生を始めていた。その代わりに、周囲の地面がぼこっ、ぼこっ、と音を立てて消滅していく。
「なんだ……!?」
『周囲の質量を転換して装甲にしてるのよ!』
「だからわかりやすく言ってくれ!」
『あいつは周りの物質を自分の体に変えられるってこと! 無限に再生するのよ!』
「んだとォ!?」
「銀河、一点突破のユニコーンドリル・イルマじゃ相性が悪いよ! 穴を開けても、あいつはそこだけ再生すれば耐えられるんだ!」
根比べは電童が一番苦手な戦いだ。
一撃必殺のファイナルアタックに耐えきられれば、電童の機能は急激に低下する。そこにカウンターを食らったら耐えられない。
「他のデータウェポンを出すか!? ボアとか、バイパーウィップとか」
『それは許可できないわ』
通信に割って入ったのはベガだった。
『前回の戦いで、このラゴウがデータウェポンに侵食できることは明白よ。耐えられるのはイルマだけ。他のデータウェポンは使わないで』
「だけど、このままほっといたらあいつは市街地に向かうぜ!?」
「わかってるよ! わかってるけど!」
ふたりの前で、漆黒の巨獣が吼えた。
死神の咆哮だった。
* * *
突撃するラゴウの放つ火線を、電童が避ける。
放たれるミサイルとレーザーの嵐を、装甲が弾く。
すべては、黒いラゴウの市街地突入を阻止するためだ。
電童の巨体が唸る、走る、叫ぶ。
装甲を貫通できなくても、質量を叩き付けて止めることはできる。
殴り、蹴り、投げ飛ばす。
そのたびに大地が鳴動する。
だが、ラゴウは止まらない。殺戮を求め、破壊を欲し、都市へ、都市へ!
電童は蒼く巨大な楯。
人々を守るため、その身を投げ出し、戦う。黒い巨獣の牙を阻み、爪を弾き、ひたすらに。
その戦いを、ケイトはじっと見ていた。
そこには憎悪もなく、怒りもなく、ただ守ろうとする純粋な情熱の形だけがあった。
すべての戦いがこういうものであるのなら、人はもっと賢明に生きられるのかもしれない。
そう思わせる崇高さが、銀河と北斗、ふたりの少年の戦いにはあった。
だが、劣勢であることは確かである。
エリスにも吉良国にも、もはやサブ・シートに座るケイトをおもんばかる余裕はなく、複雑な数式と英語日本語交じりの会話とが飛び交っていた。
その中で、ずっとケイトはふたりを見ていた。
「わかった」
ぽつりと、ケイトが呟いた。
「え?」
エリスが振り向く。何かを感じとったようだった。
「大丈夫だよ。たぶん、わかったと思うから」
ケイトの瞳が光った。
セルディフェンサーを通じて、何かのデータが電童へと送り込まれていく。
それが変化のはじまりだった。
* * *
たたらを踏んだ電童の左腕に、黒い光が収束していく。
それは、未知の現象だった。
「何が起きてるんだ、北斗!」
「レオサークルだ!」
「え!?」
銀河は自分のギアコマンダーを見た。確かにそこに眠っていたはずのレオサークルが、いつの間にかファイルロードを始めている。そして、示された数値はこれまでに見たことがないものだった。
「何が起きてるんだ、レオサークル!?」
本来、レオサークルは電童の右脚に装着される。だが、今は左腕に重なり合うように、白銀ではなく黒く染まったレオサークルの姿が顕現しようとしていた。
その黒さは、ラゴウのそれのように禍々しいものではない。夜の闇、眠りに落ちる時の瞼に広がる黒さ、人を安らがせるものだと思えた。
赤い輝きをまとって、黒い獅子のタテガミが回転する。
そこにあったのは、盾だ。
獅子のタテガミをまとった、巨大な盾。
それがレオサークルの新しい姿だった。
「これは……」
「レオサークル・オーラ……!」
なぜか、その名前が頭に浮かんだ。
口にすると、他の名前など考えられなかった。
「行けるぜ、北斗!」
「レオサークルがそう言っているの!?」
「ああ! こいつの力なら――!」
レオサークルの尾が伸びる。その伸びた尾を、電童が掴む。
「うりゃあああああああああああ!」
電童のタービンの旋回運動が、尾を伝って円盤となったレオサークル・オーラを回転させる。ただの円盤ではない。そこから伸びるのは、白銀の刃、レオサークルの刃だ。
「レオサークル・オーラ!」
「ファイナル、アタック!」
ふたりの声が唱和する。
竜巻となった電童の旋回が、ラゴウを飲み込んでいく。
ラゴウの漆黒の装甲が再生を始める。
だが、レオサークル・オーラのファイナルアタックが破壊するのは、点ではなく、面だ。
旋風のごときその一撃は、再生する端からすべての装甲を一度に打ち消し、やがて装甲の奥に隠れたラゴウの中枢そのものを、雷鳴の渦の中に引きずりこんでいく。
光とプラズマの奔流がすべてを飲み込み――そして、風が収まった時には、もうどこにもラゴウの姿は残されていなかった。
* * *
「やった……さすが電童だ!」
吉良国は大喜びしていたが、コ・パイロット・シートのエリスはそれほど能天気に構えてもいられなかった。
(間違いない……! ケイトはデータウェポンを学習して、システムを外部からアップデートしている……)
それが意味するところはひとつだ。
彼女は、データウェポンやラゴウと同質の、データ生命体だということだ。
そして、彼女が電童を学習し、それに外部から干渉しているというのなら。
(私のともだちは、とんでもない存在なのかもしれない……!)
エリスは、今ほど自分が科学者であることを呪ったことはなかった。
だが、決断から逃れることはできない。
エリス・ウィラメットは地球を守る戦士なのだから――