第五章
「自分の瞳で」
(前編)
天地拳第一系、という言葉がある。
別に、秘伝の技でもなんでもない。動画サイトで検索すればすぐに出てくる、少林寺拳法の“単演”、いわゆる型、一人稽古の形である。そのもっとも基本になるのが、天地拳第一系である。
「イチ、ニ、サン」
左の上段突き、右の中段突き、左の鉤突き。
「シ、ゴ、ロク」
上段、中段と見えない敵の突きを捌いていく。シャドウボクシングと同じである。銀河ほど熟達していれば、見るものは、そこに不可視の対戦相手を見ることができる。そうでなければ、単演にならない。
「シチ」
右脚を蹴り上げる。相手の攻撃が途切れたところに、円運動で蹴り込んでいく。
「ハチ」
大地を滑るように、高速で下がる。電童の動きと同じだ。この時に、前に出た左の膝は、金的を守るように動き、両腕は敵の反撃をいなすために構える。蹴りで倒せたと思ってはいけない。次が来ることに備える。
「イチ」
また最初に戻る。
なめらかに。
円を描くように。
自分の体に、電童と同じタービンがついていることをイメージする。
少林寺の基本は、円の動きだ。
円は、調和だ。
(敵を打つ時も、敵の攻撃を捌く時も、腕で打っちゃダメだ。円の動き、タービンの動きを乗せて、体全体を回すんだ)
足首から膝、膝から腰、腰から肩、肩から肘、肘から拳。
すべての動きは連動している。
汗が、飛び散る。
足が、木の床を奔る。
幼い頃からなんどもなんども、数え切れないほど繰り返してきた動き。
こうした型稽古が無意味だ、という人もいる。
一面の真理ではあろう。
(だけどさ)
銀河は想う。
数々のガルファとの実戦の中で、自分が生きてこられたのは、この単演があったからだ。
こう来たら、こう返す。
こうして上手く行かなかったら、次はこうする。
動作のパターンを体に覚え込ませることで、考えるより先に体を動かす。
『AIの機械学習と同じだよね。膨大なパターンを学習することで、それをニューロンが引っ張り出して動く。それは人間を機械化することだって言う人もいるけど、僕はそうは思わない。生き物にはそれだけのポテンシャルがあるってことだよ』
頭のいい北斗などに言わせると、そういうことになるらしい。
らしいというのは、銀河には半分も理解できていないからである。
ただ、動き続ける。
からだが正しいかたちを覚えるまで、こころがそれに納得するまで、動く。
それ以上でも、以下でもない。
何度目かの突きを繰り出し、幾度めかの蹴りを出した、その時。
不意に、銀河の顔目がけて、ペットボトルが飛んだ。
「!」
一切の動きの乱れもなく、半歩下がって、銀河はペットボトルを受けた。まるで、それはその動きが単演の流れの中に組み込まれていたかのようだ。
鍛える、ということは、このようなことである。
固定された動作の理合を覚えているから、それが変わった時には、対処もできる。
「さすがだね」
にかっ、と笑ったのは、胴着姿の母、みどりだった。
「母ちゃんか」
「水分補給」
「ん」
気がついたら、水を取ったのは30分も前だった。水分をきちっと補給しないと、トレーニングの効果は無い。銀河は素直に、ペットボトルの水を飲んだ。喉の細胞に染み渡るようにうまい。どんなグルメでも、このうまさにはかなわないだろう、と銀河は常々思っている。
「ひとつ、やるかい」
「おう!やらいでか!」
やる、というのは、組手主体のことである。
組手、というと、他の格闘技では試合のことを指すこともあるが、少林寺拳法の組手主体は、ふたり一組で行なう練習のことだ。ちなみに、試合のことは運用法と呼ばれる。
つまり、ふたりで連携して、単演を行なうのである。
ひとりが打てば、今ひとりが受ける。
今ひとりが反撃すれば、ひとりが捌く。
投げも、関節技(柔法)も、すべてその流れの中で行なう。
ちょっと見ると、すべて約束事の中で行なわれるこの練習は、あたかもダンスでも踊っているように見えて、実戦的ではないのではないか、と感じられる。
だが――
これがなかなかどうして、そうはいかない。
単演の時は、自分の動きだけを考えていればいいが、組手主体の相手が、意図した通りに動くとは限らない。相手は、機械ではないからだ。
だから、狙った場所を的確に打ち、その上で当てない。
相手の攻撃が致命的にならぬように、きちんと止める。
そもそも、相手が組手の動きを正確に覚えているとは限らない。意図しない動きが来るかもしれない。その時でも、相手にも自分にも怪我をさせぬよう、動かねばならない。
いちいち互いの意図を確認などしない。アイコンタクトと、個々の技がすべてである。
それを実戦的な速度で、やる。
たまに何を勘違いしたのか、ケンカ自慢の学生が入門してきて組手主体をやりたがるが、五分もしないうちに腰を抜かして音を上げるのが普通である。
(速い!)
高段者である母の突きと蹴りは、鋭い。
その気になれば、確実に銀河の肉を裂き、骨を砕ける打突である。
そういう技を身につけた上で、それをしないことにこそ、少林寺の精神性がある。
その拳足が眼前を通り過ぎ、風を切る恐怖に耐えることにこそ、鍛える意味がある。
ガルファとの戦いの中で、死の恐怖に立ち向かい、電童に乗れたのは、銀河がこの鍛錬をずっと続けてきたからだ。
『怖いってのは恥ずかしいことじゃない』
母はいつもそう言っていた。
『恥ずかしいのは、怖さを隠すことだ。そうじゃない。怖さを認めて、受け止めて、その上で立ち向かうんだ』
母の突きを、受ける。
母の顔面目がけて、拳を繰り出す。
その繰り返し。
打って、捌いて、投げて、極める。
定められた動作。
その緊張、その恐怖の中で、体を思うとおりに動かす訓練。
これに必要なものは、ふたつある。
ひとつは恐怖を克服する自分の心。
もうひとつは、相手を信じる心。
お互いに、お互いのことを思いやり、相手を尊重し、その技を認め合わなければ、よい組手主体には決してならない。
これも、電童に乗ることと同じだ。
同じコクピットに乗り込むパートナーを信じる。電童を支えてくれる技術者やオペレーターたちを信じる。マシーンそのものの意志を信じる。それが出来なければ、電童は自在に動かない。
戦うことは助け合うこと、わかり合うことだ。少林寺拳法の教えは、そう説いている。ひとりでは決して理想の形にはたどり着かない。誰かが必要なのだ。
これを、“自他共楽”という。
幾度めかの拳足が交錯し、そして――
「このへんにしとこうか」
不意に、母は構えを解いた。
満足していないことは明らかだった。
「なんかあったのか、母ちゃん。オレ、まずかったかな」
「まずくはないさ。剛法はきちんと身についてるし、逆技に入る流れも良かった。ただね」
「ただ?」
「迷ってるだろ」
「う」
図星だった。
迷っているから、鍛錬に打ち込んでいた、というのが、事実である。
「あの子のこと?」
「………………まぁね」
長い沈黙を経て、銀河はそう言った。
あの子というのはもちろん、ケイトのことである。
その名前を出したくなかったのは、なんというか、銀河自身にもわからない気恥ずかしさがあったからだ。女の子のことで悩んでいる、と母親に口にするのは、思春期の男子としてはなかなか勇気が必要なもので、これは少林寺拳法に励んでいるから克服できる類のものでもない。といって、ウソをつくのもまた、これは誠実ではないと感じたのだ。
* * *
時間は、少し前に戻る。
データウェポンがパワーアップしたことと、ケイトは無関係ではない。
そして、ケイトが現われたタイミングとラゴウが地球を攻撃したタイミングが同期していることも、無関係ではない。
「ひとつまでは偶然って考えることもできるのよ。でも、ふたつとなると、これはおかしいわ。まして、データウェポンが変異したのはこれで二回。二回とも、そこにケイトが居合わせているのよ」
エリスがため息まじりにそう言ったのは、文化祭の翌日、GEAR本部の小会議室でのことだった。
つまり、ふたたび襲撃したラゴウをパワーアップしたレオサークルが撃退した翌日、ということになる。
「で、ある以上、GEARとしてはケイトを調べないわけにはいかない」
「ケイトを疑ってるのか!?」
銀河はエリスの言葉の正しさを認めていた。
認めてはいたが、釈然とはしなかった。
「落ち着いてよ、銀河。エリスは調べるって言ったんだ。疑うとは言ってないよ」
相棒は、いつも通り冷静だった。
「そりゃあ……そうだけどよ」
銀河は不承不承であった。
リクツではない。友達を疑う、という行為そのものが嫌なのだ。
「でもよ、ケイトが応援してくれたから、データウェポンが強くなって、敵に勝てたんだぜ? だったらいいことじゃねえか」
「いいことなんだったら、その原因も調べないといけないわ。あたしが応援したってデータウェポンは光ったり変形したりしないのよ」
そうだったらどんなにいいかって思うわよ、とエリスは付け加えた。
それは、確かにそうなのだ。
「電童は祈りとか願いとか気合とかでパワーアップするメカじゃないからね」
北斗もそう言った。だいたいのスーパーロボットアニメと同じに、とも言ったが、これはそうなのかどうかはよくわからなかった。
「フェニックスエールはどうなんだ? あれはオレたちの心に反応して現われただろ」
「あれは例外だよ。神様みたいなものだからさ。現に、今度の戦いでもフェニックスは現われてない。アテにするようなものじゃないんだと思う」
「それに、もし、もしよ。ケイトがフェニックスエールに近い存在、たとえば昔のベガさんみたいな存在だとしたら、それこそ調査が必要じゃない? 誰かに悪用されたらどーすんの?」
「………………」
銀河は友達ふたりの正しさを認めざるを得なかった。
* * *
エリスが何人もの医師や科学者たちとラボにこもってしまうと、パイロットにはもうやることがなかった。
期末テストの勉強という気分にもなれなかったし、それは北斗も同じであるようだったから、ふたりは卓球をしていた。
なぜ、と言われると困るが、たまたまGEAR本部にあったのが卓球台だったからだ、としか言えない。
「あのよ」
「何?」
ふたりが言葉を交わすたびに、白い球が卓球台を行ったり来たりする。
「おまえはさ、どう思ってるんだ?」
「ケイトのこと?」
「他にあるか?」
「この流れだと考えにくいと思う」
「だよな」
ラリーを続けながらなので、言葉はどうしても簡潔になる。今の銀河と北斗には、それが良かった。
「……さっきも言ったけど」
北斗がピンポン玉を返した。
「因果関係は証明されてない」
「でも、ソウカンカンケーってのはあるんだよな」
「そう」
因果関係というのはつまり、火が熱を発するから水が沸騰する、というような、原因と結果のことだ。一方で相関関係というのは、原油価格が上がった時に食料品価格も上がっている、というようなことで、ふたつの数値に関わりがあるように見えるが、因果関係は必ずしも証明されていない関係、を指す。
「疑似相関ってのもあるからね」
「なんだそりゃ」
「アイスクリームが売れるほど、水の事故が増えるって知ってる?」
「そうなのか」
「そうなんだ。統計上証明されてる」
「じゃあアイスを売っちゃまずいだろ」
「まさか。本当に関係あると思う?」
「……ないな」
「そう」
実際は、気温が上がるとアイスが売れる。一方で、気温が上がると水遊びをする人が増えるから水の事故が増える。したがって、気温とアイスの売り上げ、気温と水の事故に相関関係があるが、アイスと水の事故の間にあるのは疑似相関関係というべきものだ……と、北斗はラリーを続けながら説明した。
「なるほどな」
「だから、ぱっと見関係がありそうだからって、ケイトを犯人扱いはできない」
「そうだよな」
「僕だって、友達だと思ってるからね」
「あったりまえだ」
少し、銀河は力をいれて打ち返した。
北斗の言葉が嬉しかったからだ。
* * *
結局、ケイトの検査はその日のうちには終わらなかった。
銀河と北斗は家に帰され、ふたりは、まんじりとも出来ないまま、夜を過ごした。
ホームステイ先である銀河の家族には、身体検査が必要である、というだけの説明がされていたが、母は、銀河の顔を見れば、何かあったのだろう、ということは察しがついていたようである。
(こんなことなら)
何度目かの寝返りを打ちながら、銀河は考えたものである。
(ケイトともっと話しておけばよかったな)
何をだろう。
わからなかった。
たぶん、もっと単純なことだ。
期末テストのこととか、庭に咲いた花のこととか、文化祭の思い出とか、そんなこと。
大人になったら忘れてしまうような、ちっぽけなことを。